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ブリヂストン・インビテーショナル2007・最終日 ウッズ 逆転で大会3連覇を達成


タイガー・ウッズ 逆転で大会3連覇!!



やったねタイガー!!

ブリヂストン招待選手権で、最終日、タイガー・チャージ、炸裂!!

って感じで、終わってみれば、ブッチギリの優勝、三連覇、、
練習中のタイガー・ウッズ
練習中のタイガー・ウッズ

やっぱ、タイガーは強い!!

日本の阪神タイガースとちょっと物が違います・・


ブリヂストン・インビテーショナル2007・最終日 ウッズ 逆転で大会3連覇を達成



【8月6日 AFP】世界ゴルフ選手権(World Golf Championships)・第3戦、ブリヂストン・インビテーショナル2007(Bridgestone Invitational 2007)、最終日。通算3アンダーの単独2位でスタートした米国のタイガー・ウッズ(Tiger Woods)は、5バーディー、ノーボギーでスコアを5ストローク伸ばし、通算8アンダーで大会3連覇となる同大会通算6度目の優勝を果たした。

■最終日リーダーズボード

1位:タイガー・ウッズ - 8アンダー
2位タイ:ジャスティン・ローズ(Justin Rose、英国) - イーブンパー
2位タイ:ロリー・サバティーニ(Rory Sabbatini、南アフリカ)
4位タイ:ピーター・ロナード(Peter Lonard、オーストラリア) - 1オーバー
4位タイ:クリス・ディマルコ(Chris DiMarco、米国)

(c)AFP/Getty Images

(写真)トロフィーを手に笑顔を見せるウッズ。(c)AFP/Getty Images Stuart Franklin


ブリヂストン・インビテーショナル(ブリヂストン招待選手権)とは



世界ゴルフ選手権

ブリヂストン招待選手権(ブリヂストンしょうたいせんしゅけん、WGC-Bridgestone Invitational)は、世界ゴルフ選手権シリーズの第2戦として、毎年8月最終週に開かれるゴルフの大会である。会場はアメリカ・オハイオ州アクロンにある「ファイアストーン・カントリークラブ」で行われる。

この大会は元々日本電気(NEC)のアメリカ現地法人が長年協賛してきた「ワールドシリーズ・オブ・ゴルフ」が世界選手権シリーズに編入されたもので、1999年以後2005年まではNEC招待選手権というタイトルであった。

メジャーリーグ(野球)と同じように、4大メジャーに次ぐ「真の世界一決定戦」という位置づけの大会のひとつである。2006年からスポンサーがブリヂストンに変わり、現在の名称に変更された。

大会に出場できるのは当年度の世界ランキング50位以内に入った選手、また世界各地のツアー競技で指定された大会の優勝者、ならびに団体戦のライダーカップとプレジデンツカップの代表選手が対象となる。(ライダーカップは米国代表12名とヨーロッパ代表12名、プレジデンツカップは米国代表12名と国際選抜チーム代表12名)試合は4日間のストロークプレー方式で行われる。

本大会が世界ゴルフ選手権に編入された後、最初の2回はメジャー大会最終戦の全米プロゴルフ選手権から1週間の間隔を置いて行われていた。しかし2001年度の大会から、全米プロゴルフ選手権のすぐ翌週に開催されるようになった。

そのため、出場資格のある選手たちにとっては大規模な大会の連戦となり、コンディションの調整が大きなカギを握る。

2002年度の大会だけは、ファイアストーン・カントリークラブが「全米シニア選手権」の会場に使用されたため、別のコースで行われたが、2003年からは再び元のファイアストーンに戻った。このコースは16番ホール(パー5)に“Monster”(モンスター、距離が非常に長いことからついた)という愛称がある。

1999年に世界ゴルフ選手権第2戦となってからは、1999年~2001年にかけてタイガー・ウッズが大会3連覇を飾っている。その2年前、まだ本大会がNECワールドシリーズ・オブ・ゴルフだった1997年に、グレグ・ノーマン(オーストラリア)がここで最後のPGAツアー優勝をした。


[1] 大会歴代優勝者

2007年 タイガー・ウッズ(アメリカ)
2006年 タイガー・ウッズ(アメリカ)
(世界ゴルフ選手権 NEC招待時代)

2005年 タイガー・ウッズ(アメリカ) [4年ぶり4度目]
2004年 スチュワート・シンク(アメリカ)
2003年 ダレン・クラーク(北アイルランド)
2002年 クレイグ・パリー(ニュージーランド)
1999年~2001年 タイガー・ウッズ(アメリカ) [大会3連覇]
(NECワールドシリーズ・オブ・ゴルフ時代の歴代優勝者)

1998年 デビッド・デュバル(アメリカ)
1997年 グレグ・ノーマン(オーストラリア)
1996年 フィル・ミケルソン(アメリカ)
1995年 グレグ・ノーマン(オーストラリア)
1994年 ホセ・マリア・オラサバル(スペイン)
1993年 フルトン・アレム(南アフリカ) Fulton Allem
1992年 クレイグ・スタドラー(アメリカ)
1991年 トム・プルツァー(アメリカ) Tom Purtzer
1990年 ホセ・マリア・オラサバル(スペイン)
1989年 デビッド・フロスト(南アフリカ)
1988年 マイク・リード(アメリカ) Mike Reid
1987年 カーティス・ストレンジ(アメリカ)
1986年 ダン・ポール(アメリカ) Dan Pohl
1985年 ロジャー・モルトビー(アメリカ) Roger Maltbie
1984年 デニス・ワトソン(ジンバブエ)
1983年 ニック・プライス(ジンバブエ)
1982年 クレイグ・スタドラー(アメリカ)
1981年 ビル・ロジャース(アメリカ)
1980年 トム・ワトソン(アメリカ)
1979年 ロン・ヒンキー(アメリカ) Lon Hinkle
1978年 ギル・モーガン(アメリカ)
1977年 ラニー・ワドキンス(アメリカ)
1976年 ジャック・ニクラス(アメリカ)

[2] 関連項目

世界ゴルフ選手権
カテゴリ: 世界ゴルフ選手権
マッチプレー選手権
ブリヂストン招待選手権
CA選手権
(ワールドカップ)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


タイガー・ウッズとは


タイガー・ウッズタイガー・ウッズ



タイガー・ウッズ(Eldrick “Tiger” Woods, 1975年12月30日 - )は、アメリカ・カリフォルニア州サイプレス出身のプロゴルファーである。

目 次

1 人物

2 メジャー大会優勝
2.1 ゴルフメジャー大会優勝記録

3 略歴

4 関連項目

5 外部リンク

6 文献


[1] 人物

父親アールの手ほどきを受けて、生後9か月からゴルフを始めた。アマチュア時代には全米ジュニア・アマチュア選手権、全米アマチュア選手権にそれぞれ前人未踏の3連覇を達成。1996年8月27日のプロ転向からわずか10か月余りで、マスターズを含む7大会に優勝を挙げ、21歳にしてPGAツアーの史上最年少賞金王に輝いた。2000年全米オープンから2001年マスターズまで、メジャー大会4連覇を達成。ゴルフにおける数々の史上最年少記録を更新してきた選手になる。彼のトレードマークとしてよく知られている赤いシャツは、トーナメントの最終日に着るものである。

“タイガー”は陸軍特殊部隊の将校だった父の命名。ベトナム戦争で行方不明になった南ベトナム軍の戦友、フォン・グエン大佐(Nguyen Phong)を偲び、そのニックネームをもらったという。

黒人プロゴルファーの先駆者にはチャーリー・シフォード(2004年世界ゴルフ殿堂入り)やリー・エルダー、テディー・ローズなどがいるが、メジャー優勝者になった黒人選手はウッズが最初である。エルダーは1975年に黒人ゴルファーとして初のマスターズ出場を果たした人で、1997年のウッズの初優勝の最終ラウンドに立ち会った。

ウッズは20歳代の間に、アメリカPGAツアーで「46勝」(うちメジャー大会10勝、世界ゴルフ選手権10勝を含む)、国際試合で9勝(日本の「ダンロップ・フェニックス選手権」2連覇、ドイツの「ドイツ銀行SAPオープン」3勝などを含む)、総計「55勝」を記録した。PGAツアーでは、先人ジャック・ニクラスが20歳代の間に挙げた「29勝」を大きく上回った。PGAツアー出場大会連続優勝記録も、1999年-2000年にかけて6連勝、2006年-2007年にかけて7連勝の快挙がある。世界中のプロゴルファーすべてと比較しても異次元と言える図抜けたプレーぶりを見せ、豪快な飛距離や、高いパーオン率を誇り、もはや無敵と言ってよい強さを誇る名選手に成長してきた。


[2] メジャー大会優勝

マスターズ・トーナメント:4勝(1997年、2001年、2002年、2005年)
全米オープン:2勝(2000年、2002年)
全英オープン:3勝(2000年、2005年、2006年)
全米プロゴルフ選手権:3勝(1999年、2000年、2006年)
現時点では通算12勝、単独2位につけている。マスターズ4勝は大会歴代2位タイ。全米プロ3勝は大会歴代3位タイ。2005年の全英オープンにて、すべてのメジャー大会に2勝を挙げる「ダブル・グランドスラム」を達成。これはジャック・ニクラス以来2人目の偉業となり、先人ニクラスの31歳7か月よりも若い「29歳6か月」での達成となった。すべてのメジャー大会で3勝を挙げる「トリプル・グランドスラム」にも、あと全米オープンの1勝と迫った。


[3] ゴルフメジャー大会優勝記録

1位:18勝 ジャック・ニクラス (マスターズ6勝、全米オープン4勝、全英オープン3勝、全米プロゴルフ選手権5勝)
2位:12勝 タイガー・ウッズ (マスターズ4勝、全米オープン2勝、全英オープン3勝、全米プロゴルフ選手権3勝)
3位:11勝 ウォルター・ヘーゲン (全米オープン2勝、全英オープン4勝、全米プロゴルフ選手権5勝)
4位タイ:9勝 ベン・ホーガン、ゲーリー・プレーヤー
6位:8勝 トム・ワトソン (マスターズ2勝、全米オープン1勝、全英オープン5勝)


[4] 略歴

練習中のタイガー・ウッズ1975年 12月30日、アメリカ・カリフォルニア州サイプレスに生まれる。父親アールは米陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」の退役軍人で、母親クルティダはタイ人である。
1991年-1993年 全米ジュニア・アマチュア選手権に3連覇を達成。
1992年 「ニッサン・オープン」でPGAツアー大会に初出場。
1994年-1996年 全米アマチュア選手権に3連覇を達成。“タイガーズ・トリプル”と呼ばれる。
1994年 スタンフォード大学に入学。
1995年 マスターズ・トーナメントに初出場。予選を通過し、第3ラウンドを日本の尾崎将司選手と一緒に回る。
1996年 大学を2年で中退し、8月27日にプロ転向。10月にいきなり2勝を挙げ、世界ランキング33位に躍進。
1997年 4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ・トーナメント初優勝。6月に初の世界ランキング1位になる。
9月からアサヒ飲料の缶コーヒー「ワンダ」のTVCMに出演し始める。(ワンダCMは2001年まで)
1998年 11月に「カシオ・ワールド・オープン」で日本ツアー初出場。15位に終わる。
1999年 8月15日、全米プロゴルフ選手権で初優勝。メジャー2冠を獲得する。同年8月末の「NEC招待選手権」から2000年2月の「AT&Tペブルビーチ・ナショナル・プロアマ選手権」まで、PGAツアー6連勝を達成。
2000年 全米オープン、全英オープン、全米プロゴルフ選手権でメジャー大会3連覇。これは1953年のベン・ホーガン以来47年ぶりの快挙だった。PGAツアーで自己最高の年間9勝を記録。第1回「ローレウス・スポーツ賞」の男子最優秀選手賞など、多数のスポーツ賞を受賞する。
2001年 4月8日、マスターズ・トーナメントで4年ぶり2度目の優勝。メジャー大会4連覇を達成するが、2年にまたがる記録であるため“タイガー・スラム”と呼ばれた。11月15日-18日に日本の「太平洋クラブ御殿場コース」(静岡県御殿場市)で開催された世界ゴルフ選手権の「EMCワールドカップ」に、デビッド・デュバルとのコンビで出場。(この来日を機会に、ウッズの公式サイトが日本語版で読めるようになった。)
2002年 マスターズと全米オープンで優勝。マスターズでの大会連覇は、1989年&1990年の大会を連覇したニック・ファルド以来12年ぶり、大会史上3人目となる。11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」で4年ぶり2度目の日本ツアー出場。
2003年 世界ゴルフ選手権の「アクセンチュア・マッチプレー選手権」で初優勝。
2004年 「アクセンチュア・マッチプレー選手権」2連覇。9月7日、それまで「264週」連続で守った世界ランキング1位の座を41歳のビジェイ・シンに譲る。10月5日にスウェーデン人元モデルのエリン・ノルデグレンと結婚。11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」2年ぶり2度目の出場で日本ツアー初優勝。
2005年 マスターズで4度目、全英オープンで2度目の優勝。全英オープン優勝により「ダブル・グランドスラム」を達成する。11月の「ダンロップ・フェニックス選手権」で横尾要とのプレーオフ(4ホール)を制して大会2連覇。5月第2週の「バイロン・ネルソン・クラシック」で予選落ちを喫し、連続予選通過の歴代1位記録が「142」で止まる不運もあった。
2006年 5月3日、父親アールが前立腺癌のため74歳で死去。6月の全米オープンで予選落ちを喫し、(プロ転向後)1997年のマスターズ以来続けてきたメジャー大会の連続予選通過記録が「37」で止まった。7月23日、全英オープンで2年連続3度目の優勝。全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。8月6日の「ビュイック・オープン」優勝により、30歳7ヶ月でPGAツアー通算「50勝」を達成。8月20日、全米プロゴルフ選手権で6年ぶり3度目の優勝。メジャー大会12勝目を挙げ、ウォルター・ヘーゲンを抜いて単独2位になった。
2007年 アクセンチュア・マッチプレー選手権3回戦でニック・オハーン(オーストラリア)に敗れ、前年の全英オープンから続いてきたPGAツアー大会連続優勝が「7連勝」で止まる。6月には、第一子の女児が誕生した。7月、自ら主催者となった公式戦(AT&Tナショナル)を開催し、ジャック・ニクラウス、アーノルド・パーマーら過去の名選手に名実ともに肩を並べることとなった。

[5] 関連項目

ゴルフ
グランドスラム (ゴルフ)
ナイキ


[6] 外部リンク

タイガー・ウッズ オフィシャルサイト
初の大会主催「AT&Tナショナル」タイガー・ウッズ特集
タイガー・ウッズ、過去のスーパーショット動画
PGAツアー公式プロフィール
ワンダCM裏話 (アサヒビールのサイト)

[7] 文献

タイガー・ウッズ著『私のゴルフ論』(2001年、テレビ朝日/上巻:ISBN 4881312529、下巻:ISBN 4881312537) ウッズの初めての著書で、ゴルフのレッスンブック。原題は“How I Play Golf”という。
ジョン・ストリージ著『タイガー』(英語、1997年) “TIGER - A Biography of Tiger Woods” ウッズが21歳でマスターズ最年少優勝者になるまでをまとめた、彼の成長記。若き日のウッズを知るには最適な書物。
父親のアール・ウッズが残した著書も2冊ある。
2000年、日本の高校3年生の英語の教科書にウッズの「自伝」が掲載された。
ウィキメディア・コモンズには、タイガー・ウッズに関連するマルチメディアがあります。世界ゴルフランキング | 男子ゴルフ世界ランキング1位(1986年以後)
イアン・ウーズナム | タイガー・ウッズ | アーニー・エルス | フレッド・カプルス | ビジェイ・シン | デビッド・デュバル | グレグ・ノーマン | セベ・バレステロス | ニック・ファルド | ニック・プライス | ベルンハルト・ランガー | トム・レーマン

カテゴリ: アメリカ合衆国のゴルファー | アフリカ系アメリカ人のスポーツ選手 | アジア系アメリカ人 | 1975年生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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