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<第60回カンヌ国際映画祭>コンペティション部門出品作『殯の森』の上映会開催

河瀬直美、監督作品『殯の森』、カンヌ映画祭で上映、で評判は、どうなのさ?



◆河瀬直美(かわせなおみ)監督の『殯(もがり)の森』が、カンヌで上映された。

で、22作品中でのパルム・ドール(Palme d’Or)を狙うそうじゃ、、

そんでもって、その中身と評判がどうだったんじゃかが、一番サムライ知りたいとこなのに!!

肝心なとこが、何も書いてないじゃん!!





▽今日の豆知識▽

河瀬直美とは

河瀬 直美(かわせ なおみ、1969年5月20日 - )は日本の映画監督。

奈良県奈良市紀寺町出身。一時期、映画プロデューサーの仙頭武則と婚姻関係にあったため仙道直美を名乗っていたが、同氏との離婚により再び姓を河瀬に戻した。奈良市立一条高等学校、大阪写真専門学校映画科卒。平城遷都1300年記念事業協会評議員。

大阪写真専門学校卒業後に同校の講師を務めながら、8mm作品『につつまれて』や『かたつもり』を制作し注目を集める。

実父と生き別れ祖母に育てられた自らの境遇を、いわば私小説的にフィルムに収めたドキュメンタリー作品で、シネ・フィルとしての経験をもたないどころかさほど映画を観ることなく制作された作品の独自性が評価されたものだった。

初の35mm作品であると同時に最初の商業作品として制作された『萌の朱雀(もえのすざく)』で、1997年、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞。

その時の審査委員長であったヴィム・ヴェンダースを「誰、あのおっさん」と周りの人に尋ねたことは有名なエピソードである。その直後に同作品のプロデューサーであった仙頭武則と結婚(後に離婚)。

『萌の朱雀』の後には再びドキュメンタリーの世界に戻り、『杣人物語(そまうどものがたり)』を制作。

『萌の朱雀』まではドキュメンタリーと劇映画の違いはあっても実質的に自分自身もしくは自分の経験を作品としたものだったが、この作品は河瀬が育ち祖母と繰り返し歩いた奈良の山中に住む林業に勤しむ人々を撮した作品だった。

その後劇映画の『火垂』、『沙羅双樹』を制作し、世界各地の映画祭で多数の賞を受賞している。黒沢清、塩田明彦、青山真治、塚本晋也等と並ぶ、国際的な知名度も高い期待の若手作家の一人。

『萌の朱雀』と『火垂』は、いずれも後に監督自らが、活字の物語に焼き直している。映画作家・映像作家といわれる由縁である。作品の対象や舞台は、自らが生まれ育った奈良にきわめて強い執着を持ち続けている。

彼女の作品は、映像を借りて監督自らが語っていく「ことば」であり、他の既成の映画監督の作品とは一線を画した独自の映像世界をつくっている。


・主な監督作品
につつまれて(1992)
かたつもり(1994)
萌の朱雀(1996)
杣人物語(1997)
万華鏡(1999)
火垂(2000)
きゃからばあ(2001)
追臆のダンス(2002)
沙羅双樹(2003)
殯の森(2007)

・関連項目
TBS「いのちの響」

・外部リンク
河瀬直美公式サイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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